痴漢
高校時代、夜22時発の電車で帰路に付こうとする私の下半身に電流が走る。
最初の違和感は背中近くから尻にかけて生暖かい感触が伝わった事から始まる。その温かい感触がゆっくりと恥部に移動する事でその違和感は確信へと変化した。
満員電車での事件。犯人は誰だ。羞恥心と動揺に心を乱されながら周りを見渡す私の目に一人の人物が飛び込む。火照った顔で不敵な笑みを浮かべて私を見つめる一人の男。僅か数cm越しに存在する未知の恐怖に震える私は最寄りの駅でそそくさと電車を降りた。
帰宅した私が母に一言告げる。
「今日電車で痴漢されたんじゃけど‥」
聞き返す母、
「あんたがされたんね?」
半笑いすな。
改めて痴漢された経緯を説明すると、
「ほいじゃあ、○○駅に連絡しとくけえ」
話が通じる母で安心した。
翌日母とJR職員の電話の内容を母から聞かされる。
「息子が○○時の○○選で痴漢されたみたいなんですけど」
「娘さんはどれくらいの年齢でしょうか」
「高校3年生です、あと息子です‥」
結局、犯人が分からない為建設的な意見は得られず何故かイタい男子高生扱いされて終わったそうだ。ちきしょう。
現実的な解答として電車の時間や車両をズラす等の対策を練るが、痴漢魔の執着心の大きさには敵わず数日もすればスナイプされ直して不快な夜の旅路が始まるのであった。
読者諸君の中には「やめてください」と一言声をあげれば解決すると思う方もいらっしゃるだろう。私もそう思う。しかし、その一言が出ないのだ。そう、何故か毎回脅威に対して黙って耐える選択をしてしまうのだ。その一言を邪魔するのが恐怖なのか羞恥心なのかは今となっては思い出せないが、私の言葉を喉元で押し潰す何かがそこには間違いなく存在していた。
痴漢魔による一方的なスキンシップが一ヶ月に及ぶ頃、私は一つの大きな本質的な問題を見落としている事に気が付いたのだ。
「僕はホモじゃないんじゃけえ、それを犯人に伝えればええんじゃ。」
作戦が決まれば話は簡単である。
武術を嗜む屈強なバーサーカーのような女性がどの学校にも数人居るだろう。彼女にボディーガードを要請する事で、さる脅威はパタンと消えていった。
痴漢魔による一ヶ月に渡る攻撃の余りにも静かな幕引きに驚きと安堵を感じながら夜の満員電車の平和を噛み締めるのであった。